表現財のパッケージャー:テックデザインが主催する、新しい働き方を模索・議論するセミナー... 続きを読む >>
「電子書籍のメリットは、現時点でつくり手側にはありません」
驚くべき言葉とともにスタートした第4回EAT Café。発言したのはこの回のゲストスピーカーであるあきみちさんだ。2007年までSONYに勤め、現在はブロガー、インターネット評論家として活躍。その推定RSS登録数は1万前後、Twitterフォロワーは約9800人と、いま非常に注目を集めている人物である。また、全日本剣道連盟の情報小委員会委員として、伝統的な競技種目とソーシャルネットワークの橋渡しにも一役買っている。今回のEAT Caféは、個人でAmazon kindleストアを通しての電子出版を実践し、自身のブログを英訳した電子書籍がランキング上位を獲得した実勢を持つあきみちさんをお迎えして、電子書籍の未来について語ってもらった。
あきみちさんWebサイト『Geekなペーじ』:http://www.geekpage.jp/
「個人が電子出版で成功する可能性はきわめて低い、と感じています」
電子書籍用専用端末『kindle』が2012年11月に日本市場に投入され、個人でも電子書籍化が可能になった。そんな現在注目を集める電子書籍市場に冷や水を浴びせるような発言でセッションはスタートした。それは紙を電子化することで著作権保護や印税率など、多くの課題や問題点が浮き彫りにされ、その解決策がいまだ明確にされていないからだという。「たとえば、電子出版は著者にとって印税率が良くありません。紙の場合、印刷費用のリスクを出版社が負うから成り立っていた印税率は電子出版ではどうなるの?とか。それに電子出版は紙と違って1カ所(出版社)で出すわけではなく、Amazon、Kobo、SONYのReaderなどいろいろなところから出します。すると印税が配信側で変わってきます。結果、価格ではなく利益の何%かを著者に支払うという形になるんです」
さらに、「紙が廃れることで多くの出版社も倒産するのではないか?」という話も。電子出版が流行れば流行るほど、作り手側には不利になってくるという実状で、便利になるのは使い手のほうばかりだという。
とはいえ、ユーザー側に与えられるのはメリットのみではない、という言葉も飛び出した。「電子書籍は後から“なかったこと”にもできるんです」kindleなどは、Amazonのさじ加減ひとつで中身の変更や消去も可能だという。国民の教科書を一瞬で変えることができるなど、思想のコントロールが容易におこなわれることにもなりかねない危うさを示唆した。「電子書籍とはライセンスであって私有財産ではないんです。ライセンスを付与されているだけであって所有はしていない。それってもしかして紙より不便なのでは?」さらに、「あくまで極論ですが、Amazonがつぶれたら電子書籍がぜんぜん使えなくなる可能性だってあるわけです」とも語ってくれた。
電子書籍のメリットである本棚が軽くなる、検索が簡単など、手軽でフレッシュな面に目を向けすぎることは大きな危険をはらんでいる。現在、紙のメリットについての議論は少ない。別の角度から見ることで、電子書籍の本質が見えてくるのかもしれない。
インターネットの特徴がそのまま電子書籍の売れ行きへとつながるというのもポイントのひとつだ。「注目が集中したものが大きくなっていくのがインターネットの特徴です。大きくなることでそこにアテンションが集まっていく。そうすると世界規模で寡占が進みやすい構造ができていきます」電子書籍もそれに準ずるもので、個人で出版した場合は自分でどれだけ宣伝できるかどうかが勝負になってくる。人気があるものは見やすく、そうでないものは検索で発見しにくくなるなかで、結果として有名人の書籍に売上が集中していくという。
以前なら、物理的にいろいろな場所に多種多様な本が置かれていて、ある程度セレクトするときの自由度が高かったのが、ランキングがすべてになると売れるものだけが表面に上がってくる。紙の時代に名前を売った有名作家がより有利になっていくなかで、アドバンテージがない人が今後、生き残っていくためにはより高いハードルを越えなければならないとのことだ。注目を受けることのピークがいつなのか、売り込んでいくタイミングがどこなのか、などをタイムリーに捉えることができる人がこれから先に注目を集める人物となるだろう。
「ぼくは全日本剣道連盟で情報化の手伝いをしています。FacebookやUstream、Twitterなんかを使って大会の勝敗やスコア、途中結果など世界、国内問わずに情報を発信しています。もう少しシステムを改善してから公開して、ほかのスポーツ団体でも使えるようにしたいですね」新しいことを好きに試せるのは自分の技術開発にもつながり、するとまた新しい人と知り合う機会が増えて新しい刺激がもらえるという。多くの人と関わりを持つことが知識を溜め込む効率のよい方法とのことだ。
今回のセッションでは、わたしたちが感じていた電子書籍というものとまったく違う視点での話となった。電子出版は早めに取り込んでも有利になることはあまりなく、プラットフォームが整ってからでも充分、という話も出た。そんななか、いまからそのプラットフォームがどういったものかを理解し、試すことで最大限に活かす方法を模索することが重要なのかもしれない。電子書籍のコンテンツで成功するためには、あきみちさんのように自分の興味のあることを極めようとし、他人よりも素早く動き、知識を取り入れて有利な体勢をいかにつくるか、ということがカギになってくるだろう。わたしたちそれぞれがそのスタートラインに立たされていることを感じさせられた2時間だった。
1976年生まれ。ブロガー。インターネット評論家。
2003年に慶應義塾大学 政策メディア研究科にて博士を取得。ソニー株式会社において、ホームネットワークにおける通信技術開発に従事した後、2007年にソニーを退職し、現在はフリーランスとして活動を行っている。2012年3月には『アルファブロガーアワード2011』に受賞。また、全日本剣道連盟の情報小委員会委員としての顔を持ち、ソーシャルネットワークを駆使して伝統競技を素晴らしさを世界に発信する。執筆実績に「インターネットのカタチ―もろさが織り成す粘り強い世界―」(オーム社)、「Linuxネットワークプログラミング」(ソフトバンククリエイティブ)などがある。