EAT Café について

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UXデザインの本来の意味とは~変わりゆくデバイス環境に向けて~ ゲストスピーカー 迫田大地さん

「使う人の役に立ちたい」ー 。迫田大地(さこだ だいち)さんの持つそんなシンプルな誠実さが彼をフリーランスに導いた。現在、日本では数少ないUXデザイナーとして活躍する迫田さんを招いておこなわれたEAT Café Vol.7。彼が独立するにあたりたどってきた道程には商売とはなにか、デザインとはどういうものか、という根幹の問題が見え隠れしている。
迫田大地Webサイト『blog.daichisakota.com』:http://blog.daichisakota.com/

 

「UXデザイン」という言葉をごぞんじだろうか?
UX、すなわちユーザエクスペリエンス(User Experience)とは使う人を中心に据えた考えかたのことである。そして、インターフェイスを目前にしたとき、使用する人がどう振る舞うか、どのような気持ちになるのか、それを指標にデザインする手法を「UXデザイン」と呼ぶ。迫田さんはこのUXをほとんど独学で勉強したのだそうだ。

プランニングもUXデザイナーの仕事

「具体的な学びかたみたいなのもおそらくあると思うんですが、自分の場合、使うのがどんな人なのかを徹底してリサーチします。その人の身に自分がなったとき、その視点でなければ見えなかったものが見えてくるんですよ」

 以前に依頼を受けて制作した『ポチットログ』は幼稚園の保母さんのためのスマートフォン用のアプリケーションソフトだ。これは園児のステータスを入力するためのもので、事務作業の手間をできるだけ省き、子どもたちと向かい合う時間を増やすことを目的としている。この開発にあたって迫田さんは現場である幼稚園に通い詰めた。そして、1日の業務を目で追っているとあることに気がついたという。それはつねに子どもに囲まれている彼女たちには、悠長にスマホを取り出してさわるタイミングがないということだ。また、タブレットを手にしていじっていると、むかえに来た父母の心証もよくない。

 

 そこで、大きいボタンで押し間違えを少なくし、できるかぎり表示速度を速くすることを目指す、というインターフェイス面だけでなく、端末そのものの使いかたまでのアイデアを含めたパッケージングをしたという。

「エアコンのリモコンみたいに壁に取り付ければ、より専門的な機械だと思って園児たちの興味も薄れるし、親御さんからもちゃんと仕事をしているように見えます。ユーザインターフェイスだけでなく、使う人の気持ちになってトータルで考える。そうした提案をするのも仕事のうちだと思っています」

 見る人、さわる人の体験に深く関わってくる部分はすべてカバーする。こうしたプランナーに近い仕事もUXのうちなのだそうだ。

UXの歴史は3,000年以上?!

 セッションは、そもそもUXという概念はいつから生まれたのだろう、という話題に発展した。おそらく文化が生まれたときにすでに存在したはずである、というのが1つの結論になった。たとえば店舗設計などの基準のなかには3,000年の歴史を持ったUXが盛り込まれているし、“おもてなし”が第一の旅館・ホテル業なども同様に長い歴史を持っている。

 

 これらにくらべてデジタルデバイスのUXはまだ年月が浅い。他の分野には建築科やホテル学科というようなUXをアカデミックに学ぶ場があるのに対し、デジタルの領域に関してはほとんど存在しないのが現状だ。こうした整理されていないカテゴリこそ「UXデザイナー」が活躍できる舞台になっていくのではないだろうか。

 具体的には、今後、テレビを見ながらスマートフォンをさわったりといったマルチデバイス環境が、より深く生活に入り込んでくるなかで、どのような提案ができるかがカギとなってくるはずだ。たとえば電子掲示板サイトと動画コンテンツを融合させた『ニコニコ動画』のような、いくつかのデバイスを連動させた新しいインターフェイスデザインをプランニングすることも、UXデザイナーの役目の1つになるだろう。

自身が考えるデザインとのギャップ

 迫田さんはフリーランスになる前、大手のインターネット関連サービス会社でインタラクションデザイナーを勤めていた。そのとき、びっしりと情報で埋め尽くされたトップページを目にして、はたしてこれがユーザビリティを高めているのだろうか、と疑問に感じたという。もちろんコンテンツが無料になると広告収入に頼るしかない。広告がクリックされやすい場所にボタンを配置し、Webページを立ち上げたとき、どこよりもそれが見えるようにデザインした。

 

 コマーシャルが利益を生み、利益が企業を巨大化していき、人が集まってくる…。いちど動き出してしまったそのサイクルはもう止まらない。しかし迫田さんは、その終着駅に幸せが待っているとはとても思えなかったという。UXよりもマネタイズ(収益化)が前面に出ているそのページは、自分が考えている“まともさ”とはすこし違っていた、と彼は語った。貨幣の番人となってマウスを握り続ける、そうした違和感や疑問が4年後に迫田さんの背中を押すことになる。

迫田大地さんが見つけた人生の意味

 彼が1人で仕事を始めようと考えたのにはきっかけがある。それは2011年の3月11日に起こった東日本大震災だ。交通機関がマヒし、西麻布から横浜まで6時間かけて暗い夜道を歩いているときにいろいろなことを考えたという。いまの仕事のこと、遠く離れた停電中の家で1人待っている妻のこと…。自分に正直であるために出した結論は、大企業を辞めてフリーランスの道に進むというものだった。

「ガマンできなくなったんです。いろいろなことが」

 かつて1755年に起こったリスボン地震のとき、アメリカの天文学者ジョン・ウィンスロップは「物質界における壊滅的な、あるいは、それに近い出来事は、人生の意味を明らかにするために利用できる」という言葉を残している。

 自分のあるべき姿がどんなものか、それを2年前の地震が教えてくれた。
 サービスを使うだれかの顔を思い浮かべ、現場をのぞき、それに合ったデザインをする。いまでは本来のUXに立ち返りいきいきと仕事をする迫田さんの笑顔はとてもリラックスしているように見えた。

迫田大地(さこだ だいち)
カワハラ ナオミさん

1980年生まれ。東京造形大学視覚伝達デザイン科卒業。在学時より多数のウェブサイトを制作、運営。その後、ソフトウェアハウスのデザイナーを経て大手インターネット関連サービス会社へデザイナーとして入社。主にスマートフォン用のウェブサービスおよびアプリケーションのインタラクションデザインを担当。その傍ら、Podcast『ゲーム脳ばと』を企画、制作した(更新終了)。Apple社の選ぶ年間ベストコンテンツ『iTunes Rewind 2009』のオーディオポッドキャスト部門に選出される。現在では声優の木村はるかとともにPodcast『ひいきびいき』を毎月2回配信している。

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